東京・早稲田南町の新宿区立漱石山房記念館には、夏目漱石の書斎が再現されています。書棚に並ぶ洋書は、東北大学附属図書館の「漱石文庫」の蔵書の背表紙を撮影して作られたものです。書斎の複製品は、県立神奈川近代文学館が所蔵する原資料をもとに製作されました。もとの部屋は残っていません。漱石が亡くなったあとの1920年、家を建て替える際に曳家で移して残されたのは、書斎と客間とベランダ式回廊だけでした。その三つも、1945年5月の空襲で焼けています。記念館が開いたのは2017年9月24日、漱石の生誕150年にあたる日でした。
家が建て替えられても書斎は残され、焼けたあとには背表紙から建て直されました。働く部屋は、そこで働いた人の肖像として残ります。
この話から書き始めたのは、私たちに届く問い合わせが、同じことを別の言葉で語っているからです。2017年から2026年までに私たちの各サイトのフォームに届いた海外からの問い合わせのうち、カタログの特定のカテゴリーに結びつけられる3,028件を見ると、42.6%が役員デスク、74.2%がデスク全般を求めていました。lamercanti.usに限れば、1,142件の72.5%が役員デスクです。私の結論ははっきりしています。オフィスを満たす家具を、世界はほかの国から買っています。イタリアに求められているのは、決める人の部屋です。
2023年、日本が輸入した木製・金属製の事務所用家具の8割は中国からでした
数字で確かめておきます。UN Comtradeのデータによれば、2023年に日本が輸入した木製の事務所用家具は1,960万ドル、金属製は3,164万ドルでした。ここでいう事務所用家具は関税分類の木製と金属製の二つの項目で、椅子は別の分類に入ります。この記事に出てくる輸出入の割合と合計は、いずれもUN Comtradeの2023年の数字をもとに私が計算したものです。二つを合わせた約5,124万ドルのうち、中国からが約4,101万ドルで、およそ8割を占めます。イタリアからは約34万ドル、0.7%に届きません。木製の項目だけを見ても、イタリアは中国、マレーシア、ポーランド、ベトナム、インドネシア、アメリカに次ぐ7番目の供給国です。
日本が海外から買う事務所用家具のなかで、イタリアからの金額はごくわずかです。
lamercanti.jpへの問い合わせは、37のページに分かれています
日本語のサイトにも、問い合わせは届いています。lamercanti.jpのフォームには、2019年7月から2026年3月までに46件。問い合わせの起点になったページが記録されている45件を数えると、ページは37種類に分かれ、最も多いページでも4件でした。海外全体では、Las MobiliのJeraのページひとつから789件、つまり海外からの問い合わせ6,694件の11.8%が届いていますが、lamercanti.jpではそのページからの問い合わせは46件中2件です。
この記録からわかるのは、どのページでフォームに記入したかであり、何を検索してたどり着いたかではありません。件数も、カテゴリー別の割合を出すには少なすぎます。そのうえで言えるのは、日本語のサイトでは、ひとつの定番に問い合わせが集まっていないということです。
ひとりで決めない国にも、決める人の部屋は要ります
役員デスクへの関心を、上下関係の強さで説明したくなるかもしれません。ところが、ホフステードの権力格差の指標では、日本は54、イタリアは50で、ほとんど差がありません。この指標を公開しているThe Culture Factorは日本について、提案が経営層に届くまで各段階で確認される、合意を重んじた意思決定を挙げています。そして、その仕組みこそが、ひとりで決めてしまう「トップ」がいないことを示している、と書いています。
日本オフィス家具協会が2023年にまとめた企業ヒアリング報告書には、社長室も役員部屋も置かず、役員が優先して使える部屋も、空いていれば社員のミーティングに回すと答えた企業が載っています。個室を持たないことも、ひとつの答え方です。
それでも、決める人の部屋という問いはなくなりません。個室があってもなくても、判断を下す人が座る机や、その人が人を迎える場所は、入ってきた人に何かを伝えます。私はその部屋を、そこにいる人を紹介する場所だと考えています。
書斎と客間は、隣り合っていました
漱石山房記念館の説明によれば、漱石の書斎に続く客間では毎週木曜日に「木曜会」と呼ばれる文学サロンが開かれ、漱石を慕う若い文学者たちが集まりました。同じ書斎では随筆『硝子戸の中』が書かれています。記念館は、この書斎と客間を、創作と弟子たちとの交流の場として再現しています。ひとりで書く部屋と、人を迎える部屋が、続き部屋になっていたわけです。
イタリアでは、その部屋に名前がありました
イタリアには、この二つの顔をひとつの部屋に持たせた伝統があります。15世紀、多くの邸宅や宮殿で、学びと思索のための一室が取り分けられるようになり、その部屋はイタリア語で「ストゥディオーロ」と呼ばれました。米国ナショナル・ギャラリーと協力してまとめられたルネサンスの学習資料は、この部屋を持つことが、教養ある人物だと名乗ることだったと説明しています。ウルビーノの公爵宮殿にあるフェデリコ・ダ・モンテフェルトロのストゥディオーロが2025年5月30日に再公開されたとき、美術誌Artribuneは、住まいのなかで最も私的な部屋であると同時に、公人としての彼を最もよく表す部屋だと書きました。壁を飾っていたのは、古代と中世の28人の肖像でした。フェデリコのために作られた別のストゥディオーロのひとつは、いまニューヨークのメトロポリタン美術館にあります。
四百年以上離れた二つの場所に共通するのは、ひとりで仕事をする場が、その人の公の顔と切り離されていなかったことです。海外から役員デスクを求めて私たちに書いてくる人は、意識していなくても、この伝統を求めているのだと私は考えています。
部屋は、主のいないときにも主を語ります
2002年、心理学者のサミュエル・ゴズリングと三人の共同研究者は、Journal of Personality and Social Psychologyに「A room with a cue」という論文を発表しました。住人に会ったことのない観察者たちが、オフィスや寝室を見ただけで住人の性格を推し量りました。別々の観察者が抱いた印象は互いに似ており、ある程度の正確さがあり、部屋のなかの当てになる手がかりに支えられていました。
記念館が背表紙まで再現した書棚を思うと、この研究のいう手がかりがどんなものか、わかる気がします。背表紙の並びは、読んだ人について何かを語るからです。使う人にとっての利点は具体的です。部屋は、入ってくる人それぞれに、似た姿のあなたを伝えます。そうであれば、伝わる姿は正確で、よく整っているほうがいい。机に選んだ素材や、部屋に対する大きさの釣り合いも、その姿の一部です。
一枚にまとめると
世界の事務所用家具の輸出、2023年
国だけを数えると、イタリアは木製で5位、金属製で4位(UN Comtrade)。
アメリカが輸入した木製の事務所用家具のうち、イタリアからの割合、2023年
約2.1%。
日本が輸入した木製の事務所用家具のうち、イタリアからの割合、2023年
約1.3%。
日本の事務所用家具の輸出、2023年
木製と金属製で約268万ドル、同じ年の輸入のおよそ20分の1。
輸出では世界の上位にいる国が、日本とアメリカの輸入では1、2%の位置にとどまっています。金額で見るかぎり、イタリアの家具は脇役です。それでも、海外から私たちに届く問い合わせのうち、カテゴリーのわかるものでいちばん多いのは役員の机です。
机を選ぶ前に、背表紙を思い浮かべる
ラ・メルカンティは家具をつくる会社ではありません。作り手を選ぶのが私たちの仕事で、選んだ机が使う方の部屋に納まるところまでが、その仕事の範囲です。その立場から、エグゼクティブデスクを前にした方にひとつお勧めしたいことがあります。天板の幅や引き出しの数を決める前に、あなたがいないときにこの部屋へ入った人が何を読み取るかを考えることです。モダン、デザイン、コンテンポラリー、クラシックの違いや、素材の確かめ方は、役員デスクの選び方にまとめてあります。
漱石の書斎は、背表紙から建て直されました。あなたの部屋の棚に何を並べるかは、今からでも選べます。
短くお答えします
日本はイタリアから、どれくらい事務所用家具を輸入していますか?
UN Comtradeによると2023年、日本が輸入した木製の事務所用家具1,960万ドルのうちイタリアからは26万ドル、金属製3,164万ドルのうちイタリアからは7.8万ドルでした。最大の供給国はどちらも中国です。
ラ・メルカンティに海外から届く問い合わせで、多い家具は何ですか?
2017年から各サイトのフォームに届いた海外からの問い合わせのうち、カテゴリーが特定できる3,028件では、42.6%が役員デスク、74.2%がデスク全般でした。
lamercanti.jpへの問い合わせにも、同じ傾向がありますか?
2019年7月から2026年3月までの46件のうち、起点のページがわかる45件は37種類のページから届いており、ひとつのページに集中していません。件数が少ないため、カテゴリー別の割合は出していません。
漱石山房記念館では、何を見ることができますか?
2017年に開館した新宿区立漱石山房記念館では、漱石が1907年から1916年まで暮らした「漱石山房」の書斎、客間、ベランダ式回廊が再現されています。書棚の洋書は、東北大学附属図書館「漱石文庫」の蔵書の背表紙を撮影して製作されました。
オフィスを見るだけで、使う人のことがわかるのですか?
ゴズリングらの2002年の研究では、住人を知らない観察者がオフィスを見て抱いた性格の印象は、観察者どうしで似ており、ある程度の正確さがありました。